中国人民元切上げ論


<上海から〜「 中国レポート No.20 」>
中国人民元切上げ論

T.人民元切上げ論のながれ 
 
  デフレ輸出の元凶として、人民元の切り上げ論が囁き始められたのは、2002年12月の塩川前財務相の発言からであった。その後、03年6月頃から、米国の経済界からも強い圧力が加わり、米議会においても、「中国政府が輸出競争力を高めるため、人為的に人民元相場を不当に安く固定している」として、米財務省に調査を求める書簡を送った。

 書簡では「安い人民元が(中国の対米輸出攻勢を支え)米製造業を苦しめ、雇用改善が遅れ失業増を生んでいる」などと、中国の為替制度を批判。米財務省に実態調査のうえ、中国政府に人民元切り上げ圧力を強めるように促している。 人民元は現在、米ドル相場に事実上固定するペッグ制を採用。中国政府は人民元相場が8.27-8.28元/1ドルの狭い範囲に収まるように市場介入している。一方、中国の産業発展によって、米国の02年の対中国貿易赤字は1000億ドルを突破するなど不均衡が拡大しており、米産業界の不満が高まっている。

 ブッシュ米大統領は、テレビのインタビューで「通貨が政府にコントロールされている限り、われわれは公平に扱われているとは思わない」と述べ、事実上のドル固定相場制を採用している中国の通貨政策を強く批判して、人民元の切り上げを求めた。米政権は、中国の人民元が実力より低く維持されていることが米国の経常赤字拡大の大きな要因と表明している。また「通貨価値は市場で決められるべきだし、各国の経済実体を正確に反映すべきだ」との持論を重ねて主張、市場実勢を反映する為替制度への移行を中国に促した。

 一方では、中国人民元切り上げを否定する意見もある。

 中国の人民元相場の切り上げを求める声が世界で高まっていることについて、モルガン・スタンレーのスティーブン・ローチ氏は、「その主張には重大な誤りがある」と、人民元の切り上げに真っ向から反対を唱え、その理由として、顕著な伸びを示す中国経済の成長は実は多国籍企業のアウトソーシング戦略の結果であること、中国の強い競争力は安い元に依るものではないこと、そして中国における変動相場の導入は時期尚早であることの三つの要因を挙げている。

<ローチ氏による論説の概要は以下の通り。>
 第一に、中国輸出の脅威、と言われているものの実体は、生産コスト削減の為に中国本土に進出した欧米や日本の企業による輸出に由来しており、元を正せば中国の「脅威」を主張する国々からの投資によるものである。従って、人民元の切り上げがそれらグローバル企業の戦略に大きな混乱をきたすことは必死である。

 第二に、世界市場における中国の競争力は、その労働コスト、技術、品質管理、インフラ、労働力の質、改革への努力などに支えられているものであって、決して安い通貨にのみ依存しているわけではない。従って人民元を切り上げたところで、世界市場に占める中国製品のシェアはほとんど変わらないだろう。

 第三に、中国経済は変動相場を導入する前に、資本市場の整備など、まだ多くの改革を必要としており、現状での変動相場への移行は時期尚早で、世界経済に及ぼすリスクも高すぎる。

 要するに、中国は世界経済低迷のスケープゴートにされているに過ぎない。安価で高品質の中国製品を消費者が求めるのは当然である。

 特に日本による中国バッシングなどは論外で、70-80年代に日本自身が全く同じ強みを武器に世界市場を席巻したことを忘れてはならない。米国においても同様で、米経済は対中国を初めとする貿易赤字によって成長を遂げているのである。世界はその経済の低成長を中国になすりつけようとしているが、それは世界経済全体にとって、非常に危険なことであると言わざるを得ない。

 また、ビジネスタイムズ紙では、中国に人民元の切り上げを迫ることの愚昧について論じている。1980年代以降栄枯盛衰を体験した日本に変わって、中国を米国のスケープゴートとすることは、中国はもちろん、米国やその他のアジア諸国に対して何ももたらすものはないと主張している。

 <記事の概要は以下のとおり>
 1980年代、日本は米国で繁栄の極みを味わっていた。米国の自動車メーカーは倒産のリスクに震え、激しい日本バッシングが行われたのもこの時期だ。しかし一度バブルがはじけると、全ては一変した。日本経済に責任を押し付けてただ罵っていた米国メーカーは、自らの欠点を認めざるを得なくなった。ところが中国の台頭で米国は新たなスケープゴートを見出した。

 近年多国籍企業は中国に殺到している。廉価な地価と労働力に加え、人民元が安いため、設備投資や人件費においてメリットが十分あり、中国に進出して利益を伸ばしている。このようにして中国は米国の仕事を奪っている、と逆鱗に触れたのだ。政治家やメーカーは人民元のドルペッグ制を槍玉に挙げ、圧力をかけているが、これが裏目に出る可能性もある。

 人民元の対ドル為替は1ドル8.277元に固定されている。ドル安につられて人民元がスライドした場合、他のアジア通貨はさらに切り下げられることになる。しかし米国経済に本格的なダメージを与えているのは中国ではない。生産拠点の中国への移動は一因に過ぎず、政策立案者の失策も、要因の1つとなっている。また人民元の切り上げは、米国の輸出業者にとっては不利益となる。

 中国は自国の安定のために競争力のある通貨を必要とする。また競争によって中国経済が開放された時に発生する数百万人の失業者に対する雇用を創出するためには、年8%の成長率を維持しなければならない。

 例えばアナリストの分析通りに現在の人民元が40%も過小評価されているとする。これが市場価格まで引き上げられたとしたら、中国はこのような競争力の喪失に耐えられるだろうか。中国は未だに開発途上国であり、国家支出と輸出、そして外国からの投資が経済を動かしている。人民元の急騰は大きな傷となり、社会不安をもたらす可能性がある。中国への輸出を拡大しているアジア諸国全体の経済にとっても好ましくない影響を与えてしまうであろう。

 このように、中国にとって人民元の切り上げを行う経済的な理由はない。それは1985年のプラザ合意で円の急激な引き上げに合意し、以後バブルの後遺症に苦しめられている日本を見ても明らかである。

 人民元切り上げの圧力に関して、中国人民政府は一貫して切り上げを否定している。

<人民元切り上げず=首相、人民銀が言明>
 温家宝首相は、米シティグループのルービン会長、プリンス次期最高経営責任者(CEО)と会見し、人民元レートの安定を維持すると言明、海外で高まっている切り上げ圧力には応じない姿勢を示した。中国人民銀行(中央銀行)が同日発表した報告も、下半期もレートの安定を保ち続けると強調している。

 温首相は「ある時期からの人民元レートに対する国際的な関心に注意している」と述べるとともに、中国がこの問題で一貫して慎重かつ責任ある態度を取ってきたと強調。

 1997年のアジア通貨・金融危機の際に、多くの国の通貨が切り下げられる中で人民元レートは安定を維持し、アジアさらには世界の金融と経済の安定に貢献したと訴えた。また、一国の為替制度や政策は、その発展レベルや経済状況、国際収支に応じて決めるもので、中国が実施している管理されたフロート制度は国情に見合っていると主張した。

 中国人民銀行は、今年第2四半期の通貨政策と今後の展望をまとめた報告を発表、人民元の切り上げ圧力が高まっていることを認めながらも、レートの安定を保っていくと強調した。

 報告では最近のドル安で世界経済の不安定さが増しており、日本やユーロ導入国など先進国の経済が停滞状態にあると指摘。今年下半期は世界の経済成長が鈍化し、貿易の保護主義的傾向が強まると予測している。こうした中、中国の輸出拡大も難しくなり、人民元切り上げへの圧力が強まるが、人民銀は引き続きレートの安定に努めると強調した。一方で管理されたフロート制度を基本に、為替レートを形成するメカニズムの改善を進め、国際収支の平衡を促進するとした。

U.人民元切り上げで日本のデフレが止まるのか 
     昨年の日本GDPは約500兆円であり、輸出総額は約50兆円、輸入総額は40兆円、その内中国への輸出は約5兆円、輸入は7兆円である。輸出の殆どの部分は中国進出をしている日本企業への設備や原材料であり、人民元が切り上げられたとしても輸出の増加は期待出来ない。また輸入においても日本企業の中国工場によって生産された製品がその多くを占めており、人民元切り上げによる日本経済への効果は軽微であろう。「人民元安が日本にデフレを輸出している」との論調の根拠は極めて薄い。

 中国進出日系企業の生産コストの大部分は日本から導入した、生産設備と言われており人民元切り上げによって生じるコストの上昇は僅かである。それによって、「中国からの輸出が減少し、日本のデフレが止まる」と、どれだけの人が本気で信じているのか甚だ疑問に思う。

 中国からアメリカへの輸出額はアメリカのGDPの僅か1%に過ぎず、彼の国においても人民元の切り上げで、経常赤字が縮小し、失業率が改善する根拠はない。 アメリカの対外政策は、往々にして自国の選挙対策の一環としてリップサービスに利用されることがあり、今回の「人民元切り上げ」発言は、来年の大統領選での再選戦略であるとも推測出来る。

 日本においても、アメリカにおいても「人民元の為替レート」が両国に与えている影響と、切り上げに対する経済的効果を具体的数値で示してはおらず、SARS発生時と同様な「中国に対するやっかみとバッシング的感情論」の感がある。

V.通貨の自由化がもたらすもの 
    自由主義的な経済を遂行している国々が、自国の通貨を市場に委ね、自由化した歴史はそれほど長くはない。そして、その選択がその国に「本当の安定と繁栄」をもたらすのか、まだ「歴史の検証が済んだとは言えない」であろう。

 日本は、戦後、固定相場制がひかれ、まず1ドル=360円という水準からスタートした。長く続いた固定相場の時代から、円とドルの通貨の交換比率を示す外国為替レートは、その後、スミソニアンレート(1ドル=308円)という時代を経て、1973年2月より完全な変動相場制に移行した。

 1985年に、米国のドル高対策としてプラザ合意がおこなわれ、これによって、急速な円高が進行した。プラザ合意前日の東京市場は、1ドル=242円であったが、1988年の年初には1ドル=128円まで進行した。円高を受けて、日本国内の輸出産業や製造業は他国と比べ、競争力が落ちてしまった。この状況を受け、公定歩合を引き下げるなどの政策が打たれ、その後、バブル景気が起こり、そしてバブルの崩壊によって、長い景気低迷の中を未だに彷徨っている。

 日本において、自国通貨の変動相場制を選択してから僅か30年しか経過しておらず、その移行からほぼ一貫して、円の国際的な価値は上昇し続けて現在がある。その間、「日本の真の経済力が通貨の市場価値に反映したと言えるであろうか?」

 10年余にも及ぶ景気低迷を観ると、為替の変動に経済が混乱したことは、明らかな事実である。

 「先物取引」は、飢饉よって米の相場が高騰し、経済的危機を回避するために生み出された先人の知恵である。これは1730年、大阪堂島米相場会所において行なわれた「米の先物取引」がその始まりで、1848年代にアメリカ・シカゴで商品取引所が開設された。堂島において行なわれた「米の先物取引」が、世界的なリスクヘッジの取引方法の原型となった。

 本来は現物が存在する実態取引であり、これが実態のないマネーゲームによって相場が動かされるようになって、経済と市民生活を安定させるはずのシステムが経済を混乱させる要因となり、本来の意味を損なってしまったのではないだろうか。1997年には、マネーゲームを行なう巨大資本によってにアジアの通貨が暴落し、世界的経済の混乱を引き起こした事実は記憶に新しい。

 アメリカの主張する通貨の自由化が、「本当に世界経済の健全なる発展に寄与するのか」、その答えが出されているとは言えない。通貨の自由化は、世界的基軸通貨を持つ、アメリカの発想(アメリカの利益に適う)に過ぎないのではないだろうか。

W.人民元切り上げ議論がもたらしたもの 
    各国の通貨は経済力に応じて評価され、その通貨の価値を「意図的に固定するのは自由経済の原則に反する」と、言うのが米国の主張であり、日本は中国人民元に対してそれを支持・同調して来た。

 その結果、03年9月のG7以降、ドル安・円高に対して積極的な介入が出来ず、10月8日には2000年以来の109円/ドルの円高を招く事態となった。日本が円高に対し、「円売り、ドル買い」の介入を積極的に行なえば、中国政府が人民元を固定している方針を批判する根拠を失うこととなり、またアメリカも「通貨に対する政府の介入」を批判しており、日本政府の「円高介入」にも黙認することが出来なくなるであろう。

 日本が主張してきた「市場主義・人民元切り上げ論」は、自らの手足を縛ってしまい(円高に対する介入が出来ない)、その結果が15%近い「日本円高」を招き(マネーゲームの餌食となった)、僅かに観えた「景気回復の兆しの芽を摘み取ったのではないのか」とも思える。

 日本においては、他国の通貨の価値より、自国の通貨が、実態経済に見合う為替レートになっていないことを危惧するべきである。現時点において、その経済対策姿勢は大きな過ちを犯したと断言できるであろう。

X.中国人民元の歴史 
    「中国人民元」が現在の相場になったのは、それほど遠い昔からのことではなない。 

 過去の為替レートは、1981年(1.7/ドル、0.0077/円)、1985年(2.9/ドル、0.012/円)、1990年(4.8/ドル、0.033/円)、1995年(8.3/ドル、0.089/円)、2000年(8.27/ドル、0.066/円)である。

 90年代から10年連続して、8%以上の経済成長を継続し、世界的不況の中で安定的な発展を遂げていることは、中国政府が選択した為替政策(人民元切り下げと安定的維持)が正しかった証と言える。

 97年のアジア通貨危機の際、世界が恐れた「人民元の切り下げ」を行なわず、為替の安定化を実施し、それから僅か5年余の経過で、今度を「切り上げ圧力」が、かけられている現状は、理解し難いものがある。

 世界第2位の経済大国である日本が、急激な円高によって(為替政策の失敗)、10年以上に及ぶ景気低迷にみまわれ、その根本的解決策を見出せていない現状において、中国がその「二の舞を被る選択」を安易に実行とは考えられない。


< 雑 感 > 
 
<雑感>

 経済市場主義においては、「市場の透明性と、正確な情報提供が前提でなければならない」であろう。また、自由主義経済における経済活動は常に、「利益の追求」が目的である。

 この「利益の追求」に、「国の通貨が、自由主義・資本主義の商品に成り得るのか」大きな疑問がある。多くのマネーゲームにおいては、情報の機密性(情報を持つ者が大きな利益を得る)と、意図的な市場操作(巨大資本の動きそのものが市場を左右する)によって、その価値を乱高下させる危険性があり、その結果は日本におけるバブルの崩壊や米国の企業破綻にも窺い知ることができる。

 自由主義経済は、「全ての物が市場主義でなければならないか」、「聖域が存在することは悪なのか」、「通貨の価値は市場に任せるべきなのか」、国家の政策は自国民の利益が最優先されるべきであり、そのためには株式市場と同様に、急激な変動制限し、混乱を回避するシステムも必要なのではないだろうか。

 「聖域無き自由」が、全ての人々に公平で平等な機会を与え、幸福になると言う発想は、「強者の発想」である。

 そして、それは『幻想』にすぎない。

         上海平野(瑞穂)磁気有限公司   董事長  平野 信幸


「中国レポート」に関する、ご意見・ご感想、そして異論・反論をお寄せ下さい。

メールアドレス :shhirano@mbb.spacetown.ne.jp     shhirano2001@yahoo.co.jp 
 

 WEBに記載されております、「中国レポート」は、「無断転載」「コピー」「無断借用」は自由です。 (但し、「成功ノウハウ」「ザ・レポート」を除く)

ご利用に関し、人物・歴史・時代検証等につきましては、ご自身で調査・判断・責任をお持ち下さい。


    2003年 10月 15日

 

-↑-




mail@shmagtec.net

〒200333 中国・上海市普陀区同普路1225号長征工業区7号楼
TEL 86−21−3202−3315  FAX 86−21-3202-3314